通夜も葬式もあげないという選択もあり?

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会社関連の訃報のニュース

ここ最近、会社関連の訃報に接する機会が多くなっています。

まったくどうでもよい話ですけど、「訃報」を「とほう」と発音して恥を書いたことがあります。教養のなさが露呈して赤面ましたね。もう10年も前のことですけど。

社員のお母様やお父様が亡くなられると、庶務の女性から各員に一斉メール送信で訃報は連絡され、葬儀の詳細を知ることになります。

私の経験上、葬儀に会社関係の人間を呼ぶ例はあまりないです。たいてい家族葬という形で済ませ、香典も受け付けない場合が多いですね。

これも時代の変化なのでしょうね。最後は家族だけで送りたいという気持ちが強いのでしょう。

それに故人からしてみれば娘や息子が勤める会社の上役や同僚は赤の他人もいいところで、会ったことないわけですから、香典をもらう理由もないですしね。

そもそも私たち夫婦には子供がおりませんので、自分が死ぬとき子供の職場に通知がいくことはないのですが、想像ですが来てもらってもなぁーというところ。

通夜も葬儀も行わないケース

訃報はたいてい社員のご尊父(ごそんぷ)かご母堂(ごぼどう)であるケースが殆どなのですが、つい最近社員本人の訃報がありまして思わずドキっとしてしまいした。

私にメールが入るということは私が知っている人ですから、一瞬焦りました。誰だ?と・・・。

本文を読むと元経理部の方で昨年異動で本社から関係会社へ出向された方だというのがわかりました。

私は業務でお話したことはなく、同じ会議で発言されているのを何度か聞いたことがある程度の付き合いでしたが、やはり知っている方がこの世からいなくなったことを知らされると少なからずショックを受けます。

葬儀の詳細に目を通しますと、故人の希望で通夜も葬儀も執り行わないことがわかりました。もちろん香典も受け付けないとのこと。

こういう潔さというか、心理というのはいったいどういうことなのか・・・?少し考えさせられました。

家族葬というのが一般的ですが、通夜も葬儀も行わないというのはどういうことなんだろう・・・?と

死ねば必ず火葬しなければなりません。自治体によるかもしれませんけど、火葬場には葬儀場が併設されていますので、そこに僧侶や参列者を招いて葬儀を行うことが一般的です。

通夜も葬儀もあげないということは、つまり火葬だけして、親族だけでお骨拾いをし、骨を骨壺に入れる・・・。そして骨壺は自宅に持ち帰り、仏壇かどこかに置く。それでおしまい。

初七日も四十九日もなし。一回忌や三回忌といった煩わしいこともなし。もちろん香典返しもなし、参列者の席順で悩まされることもなし。戒名もなし、坊主への謝礼もなし。

これが故人の希望だったというのが意外でした。同時にきっと深く自分の「死」について考え抜いた上での結論だったのだろうと思うのでした。

葬式をあげなかったのは残された家族のため?

もしかすると残されたご家族の負担を少しでも軽くすることを優先されたのかもしれません。

私はもう嫌になるほど葬式に参列しているのでよくわかるんですが、遺族は悲しみにうちひしがれているのに日本の葬式は気を使うことが多すぎるのです。

参列者の席順とか焼香の順番とかちょっとしたことで親族から憎まれるケースって本当にあるのです(実にバカバカしいことなのですが事実です)。

古い慣習が残る田舎では四十九日を迎えるまで毎週末弔問者を家に受け入れて対応しなければなりません。これが大変なのです。愛する人を失った悲しみで心は深く傷ついているのに弔問客から心ないことを言われてさらに落ち込むことだってあります。

残された妻が大変な苦労を背負うかもしれない。だったら葬式なんてやならい。こういう気持ちだったんじゃなかろうか。私はそんな風に思えたのでした。

私がもし嫁さんより先にあの世にいくなら、きっとこの方と同じ選択をする気がしました。「そっか葬式なんてやらなくていいんだ!」って思いました。

私が死ぬ頃はたぶん両親も先に逝っているだろうし、兄弟はいるでしょうが、誰かに骨だけ拾って骨壺にでもいれてもらえればいいです。骨拾うだけだったら葬儀屋に全て任せたっていいですしね。

そして駿河湾に散骨してもらいたい(駿河湾は深海ですから、死後は深海の世界に身を置くのも楽しいかもしれませんね)。

おわり

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