最後の東京本社出勤日

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今日は3月30日。

東京本社最後の出社日である。

午前休をとって、のんびり身支度して静岡駅まで歩いてみた。

通りの公園の桜が見事に満開だった。

直前までプロジェクトの対応とか期末の経費処理だとかでドタバタしていたが、昨日から少し落ち着き身辺整理を開始した。

書類の整理、名刺の整理、机周りの整理…。

最近はようやく我が社も書類を電子化する動きが活発になって来たおかげで昔に比べたら随分ペーパーレスになったと思う。

以前、机周りの断捨離をやったおかげで書類はそれほどなく、数時間すれば机はキレイに片付いた。

机から書類やゴミがドンドン消えていくとなんだが少し寂しくなった。

「あー、もうここに俺の居場所はないんだなー」って思えて少し感傷的になってしまった。

そんな風に感傷にふけるってことは本社で過ごした4年半が自分にとってそれほど居心地が悪いわけではなかったということなんだろう。

新幹線通勤は正直キツかったけど、仕事の視野は広がったかな。本社でないと経験できないような仕事も出来たし、経験値は格段にアップしたかと思う。

課題はたくさんあったし、色々問題もあったが、結果的には売上も利益も右肩上がりだった。サラリーマンとしてこんな幸運はないだろう。

そういう意味で私はラッキーだった。売上も利益もガンガン伸びる成長産業に身を置いているだけでそれは非常にラッキーなことなんだと思う。

これが真逆の衰退産業だったらどうなのか。

大変どころの騒ぎでないと思う。会社からは売上をたてるために強烈なフォローや追い込みを食らうであろうことは容易に想像できる。

私のようなガッツのない中年社員は真っ先に干されることは確実だ。

毎年売上が減るわけだから利益も確実に減る。もちろん使える費用も減るので人件費も抑制される。

そしてリストラが始まり、最終的には部門ごと消滅というのがよくあるパターンだと思う。

そうならなかっただけでもよかったのだ。よしとしよう。そして私は本社を後にして古巣の静岡へ戻る。

これからは通勤に割く時間が大幅に減る。その分少しは自分のための時間というものを取ろうかと思う。

おわり