最悪だった昭和時代

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オレは1978年生まれ。昭和53年だ。サラリーマンのしがないおっさんである。毎日会社でへとへとになるまで働いて、家帰って酒飲んで寝る。そんな毎日だ。

そんなオレにも汚れのない幼少時代が確かにあった。

このブログをの読者の方はどうだろうか?幼少期を懐かしんで戻りたいと思うだろうか。

オレは戻りたいと思ったことはない。

こんな平凡で一見退屈すぎる生活を送るオレだが、幼少期にだけは戻りたくない。

今の生活が一番だ。

中には幼少期に戻りたい、子供時代に戻りたいと願う大人もいるに違いない。

だが、オレは無理だ。

オレにとって幼少期は不自由と暴力の象徴のような時代である。

何一つ自由に出来ることのない世界。支配され、束縛された世界なのだ。戻りたいはずがない。

大人の庇護が必要な子供なのだから不自由は当然といえば当然である。

だが、オレの幼少期というのは昭和ならではの陰鬱さが常につきまとう。

昭和の伝統。それは強き父親像だ。つまり、暴力による支配だ。

思い返せば(あまり思い出したくもないが)幼少の頃はよく殴られたものだ。

恐怖による支配がそこにはあった。

母親は子供が殴られようがとめるようなことはしなかった。むしろ子供の昼間の行いを事細かく父親に伝えており、仕事から父親が帰宅後に折檻が待っていた。

少し大きくなって小学生高学年にもなれば少しは口答えもあったが、容赦なく鉄拳制裁が待っていた。

おかげで根性がひんまがった大人になっちまった。

普通の家族が羨ましかったものだ。普通というのは暴力のない家庭だ。

暴力は家庭の中だけではない。昭和というのは至る所に普通に暴力があった。

学校もそうだ。小学生の教員が平気で子供を殴っていた。オレはあまり教師に殴られた記憶はないが、他の生徒は普通に殴られていた。

今の人は信じられないかもしれんが教員による生徒への暴力は日常的に行われていた。

あとスポ根というのか。スポーツも暴力と切っても切れない関係にあった。

オレはサッカー少年団に無理やり入れさせられたのだが、コーチによる暴力を毎回受けていた。

サッカーのルールもろくに教えず、気に入らないと平手打ちやゲンコツ飛んできた。

土曜日が嫌で嫌で仕方なかった。親に止めたいと何度も言ったが聞き入れてもらえなかった。

家が安心できない場所であったし、土曜日のサッカーは地獄だった。

今はだいぶ変わったのかもしれない。昔に比べれば子供たちはずいぶん生きやすくなったのかも。

いいことだ。

暴力が普通にある世界などいいはずがない。暴力は連鎖するからな。

だからオレのような人間は子供をもうけないほうがいいのだ。不幸の連鎖は断ち切ったほうがいい。

このような理由でオレは昭和にノスタルジーなど微塵も感じないのだ。

おわり