過去の自分から今を知る(幼稚園から中学編)

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理人です。

台風が去って、またいつもの水曜日が来ました。今日も往復4時間の素敵な旅を楽しみます。

私の人生を振り替えると、いつも生きる意味が見いだせなくて苦しい思いをしてきたと思います。それを探し続けるのが自分の人生なのかなと考えることもしばしばあります。

幼稚園児の頃、小学生の頃、と順に自分の人生を振り替えってみると面白い気づきがありました。

それは常に「不安」という文字が脳裏に刻まれていたという気づきです。

これが大人になって社会に出て働くようになっても、私を苦しめている一番大きな原因ではないかと思うわけです。

例えば、幼稚園の頃の記憶を辿っていくと、当時は回りの幼稚園児と一緒でないと不安で不安堪らなかったです。

回りの子が持っている道具箱、履いている靴下、お弁当箱。そういうものが回りの子と違う場合、極度の不安とストレスを私は感じました。回りの子が持っていて、私が持っていないもの(家に置き忘れた帽子とか)が分かるとパニックに。

幼稚園を勝手に抜け出して家に取りに帰ったようで、先生がずいぶん心配していた(先生ごめんね)。

今から振り替えるとすごく不思議ではあります。なぜ、そんなにパニックになったのだろう。

ひとつはみんなと同じなら安心。誰からもいじめられないし、みんなに紛れ込むことができて目立たない。そういう心理があったのだろうと思います。

そういう気質は小学生になってから少しずつ消えていき、みんなと同じでないとダメだは思わなくなりました。

特にいじめにあったわけでないし、友達と遊ぶことも多かったし、3人兄弟ですから、一人きりになる時間がそもそもありませんでした。

小学生の頃の不安は親からのプレッシャーと暴力だったように思います。

兎に角、学校の成績が重視されましたし、90点とか100点が当たり前で、70点とろうものなら父親からよく叩かれました。

一度、悪いテストを隠していたことがバレたのですが、鼻血が出るまで殴られたことを覚えています。

ですから、テストは死活問題でした。常に緊張する状態が続いていました。

そんな私も3年生を過ぎたころからはそうそうやばい点数をとらなくなってきたので、殴られる回数は減っていきました。

しかし、躾と称した父親の暴力はまだしばらく続くことに。母親は告げ口役でしたから、守ってくれることはありませんでした。

ですから私には心安らぐ居場所はなかったのです。家庭は決して居心地のいい場所ではありませんでした。

小学校を卒業後、私は地元の公立中学にあがります。

今思えば中学校が一番楽しかったかなぁ。クラスメートは楽しい奴ばかりだったし、個性的な奴(勉強はからっきしダメだけど、サッカーがめちゃくちゃうまい奴とか)もいっぱいいましたし。

中学生の時がもっとも多用な人間と普通に付き合った最初で最後の楽しい時間だったと思います。

この頃になると流石に父親の暴力はなくなりました。

私は剣道部に入って、文武ともにはりきって頑張っていたし、成績はそれほど良くはないけれど、まあ悪くないレベルでした。剣道は下手っぴでしたけどね。

この頃の不安レベルは低かったです。自分に自信もついていきました。

中学校2年生から近くの学習塾にもいれてもらって、受験勉強もそこそこやって公立高校に進むことになりました。毎日充実していたし、塾も楽しかった。

ここまで振り返って、私の40年あまりの人生の絶頂は中学生時代ということでしょうか?

うーむ。この先の高校、大学、社会人についてはまた別の記事で続きを書こうと思います。

さて、今日も尊い労働に勤しむとしますか!

おわり

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